フィクションがノンフィクションを超える瞬間
先日、バスに乗ったときのこと。
この日は雨だったので、バスは混みあっていた。
みんな傘を持っていたけど、濡れた傘を畳んで持っている人、そのまま持っていて床に雫をたらし放題の人。
こんな時に、その人は自分のことだけ考えているのか、周囲の人のことまで考える余裕がある人かうかがい知ることができる。
そんなことを考えていたら、一人の年配男性がバスに乗り込んできた。
バスは混んでいたので、立っていた私も身体を少し傾けて、通れるように道を作った。
その年配男性は、私のすぐ横に立ちその場に居座った。
こちらとしては、通過すると思っていたので一時的に身体を傾けて道を作ったのに、そのまま居座られてら私としてはすごく無理な大勢なのだ。
しかし、年配男性に悪気があるとは思えないので、私は狭いスペースを何とか使って最低限の無理ではない体勢に身体の方向を変えた。
これで何とかなったと思ったら、何かしらの違和感を感じる。
元々雨でバス車内は混みあっている。
他人の臭いもするので、多少は我慢が必要だ。
しかし、少し据えたにおいがするのだ。
私のすぐ横の年配男性を見ると、背中がひどく汚れている。
食べ物でもこぼしたようなシミがあった。
背中にシミがあるというのはどういう状況なのか。
臭いによる不快感もあるけれど、背中のシミについてもきになる。
小説を書いている関係で、「道理」についてよく考える。
何があったから、どうなった。
この因果関係はとても大事だ。
小説の中で少年が見知らぬ人を刺したとしても、その裏にどんなドラマがあったのか、少年は何を感じ、何を考え、そして、何を決断したのか。
それが読者を物語に引き込む。
何も考えなしに人を指すということはあり得ないのだから。
異常者には異常者なりの道理があるのだ。
それを想像して文字にするのが小説家の仕事。
そう考えると、この年配男性の背中のシミはとても興味深かった。
見た目の汚れ。視覚でとらえた。
すえた臭い。嗅覚でとらえた。
既に一度ぶつかられているので、触覚でもとらえていた。
次は聴覚……と思ったら、やたらガサガサいう音。
ビニールのガサガサ音だ。
よく見ると、年配男性は大きなビニール袋を持っていた。
バスは満員状態なので、意識しないとこちら側からでは背中しか見ない年配男性が正面に持っているビニール袋には気が付かなかったのだ。
視界に入ったのならば、そのビニールが何なのか気になる。
見れば半透明のごみ袋だ。
しかも、45リットルの一番大きいもの。
そして、その中には生ごみがびっしり入っていた。
嗅覚がとらえたすえた臭いはこの生ごみの臭いだったのだ。
背中のシミも臭いがしているかもしれない。
年配男性の体臭もすえた臭いがしたかもしれない。
それでも、目の前の生ごみ以上に臭いことはないだろう。
何故だ。
何故年配男性は、ごみ袋を持ってバスに乗った!?
益々、自分の中の小説家が「真実」を求める。
服装、汚れ具合、ごみ袋を持っていることから、この年配男性は、ホームレスだろう。
そこまで理解した上で、「何故ホームレスがバスに乗っている!? しかも、手にゴミ袋を持って!」
さらなる情報を求める中、バスは、バス停は1つ分移動していて年配男性はバスを降りて行ってしまった。
私にこれ以上の追加情報をくれない状態なのである。
人は、騙されるのが嫌いだ。
しかし、物語は好きだ。
物語は、フィクション。つまり、嘘なのだ。
嘘らしい嘘は、人を不快にする。
これは、物語においても同じ。
登場人物の医者が薬の名前を間違えたりしたら、興ざめなのだ。
一番いい嘘は、80%の本当に20%程度の嘘を混ぜること。
だから、作者の経験があるような話に、嘘を20%混ぜて話を作るとリアルな話になる。
読者は、物語である以上最初から「嘘」だと知っている。
だけど、明らかな嘘は「不快」に感じる。
あくまで本当が80%、嘘が20%。
あのごみ袋を持ってバスに乗ったホームレスの年配男性について考えてみよう。
ここまで知らせてきたことに嘘はない。
少なくとも私はそう信じて疑わない事ばかりだ。
「日常」の中の「非日常」。
しかも、真実100%の非日常。
この日の朝、私は物語以上にすごい経験をしたのかもしれない。
「事実は小説よりも奇なり」
小説は嘘100%ではなりたたない。
一番いい組み合わせは、本当が80%、嘘が20%。
物語は、現実を超えられないのかもしれない。
しかし、少しでも現実を超えた時、読者は面白いと感じるのではないだろうか。
さて、私の作品のうち、どこが本当の80%で、どこが嘘の20%だろうか。
それを考えながら読んでいただけると、さらに面白く感じていただけるのではないだろうか。
ごみ袋を持ったホームレス年配男性は、私の中では「ノンフィクション(現実)がフィクション(物語)」を超えていたのだが、その事実に気づいた瞬間、私の中ではこの「ごみ袋を持ったホームレス年配男性」について文章を書いた瞬間に、「フィクション(物語)」の勝利となった。
何故なら、あなたはここまで文章を読み進めてくださった。
もちろん、「ごみ袋を持ったホームレス年配男性」は嘘ではない。
では、20%はどこだろうか。
こちらの作品も、良い具合の物語になっている。
ぜひ、あなたも騙されてみてほしい。
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